インタビュー 2016.9.28
「システム思考」で全てのイノベーションのプラットフォームを作れ! 一般社団法人Open Impact Systems プロジェクトマネージャー 槌屋詩野氏
編集長 安倍宏行

広い会議室に飛び交う英語。外国人メンバーとの議論が白熱する。東京目黒区の「Impact HUB Tokyo」で行われているのは槌屋詩野氏が進めるプロジェクトチームのミーティングだ。

「システム思考」

槌屋氏が幾度となく強調するのがこの言葉だ。なじみの薄い概念だが、簡単にいうと「大局的に流れを見て、全体像を把握し、持続的な課題解決を図る考え方」だ。

 

なぜ、この考え方が重要なのか。「子育て支援、うつや奨学金の問題。やってもやってもきりがない状態に陥っている。」槌屋氏は指摘する。そうした中、私たちは、日本の社会が抱えている大きな課題の解決を「あきらめて」きたのではないか?課題解決に取り組むセクターは多い。ソーシャルセクター、行政、財団、企業、国際機関・・・しかし、お互いの連携がうまくいっていないのが現状だ。

 

「資本の投下先が間違っていた?でも、あの時は見えなかったからしかたない。」「ステークホルダーを全部網羅するのは無理じゃない?」そんな声があちこちから聞こえてくる中、槌屋氏のチームは、何が原因か考え始めた。ステークホルダーたちがお互いの役割を把握し、どう助け合えばいいのかが見えれば、物事がもっとスムーズに進むのではないか?これがまさに「システム思考」なのだ。しかしどうやってそれを実現するのか。

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大切なのは「質的データ」

社会の課題解決のプロセスの中に、多くのムダがあり、コスト削減がなかなか進まなかった原因は、一部のステークホルダーのリーダーシップに頼りすぎていたことだと槌屋氏は考えた。ムダを省くために「エビデンスベース」、つまり統計データなど科学的根拠に基づいた政策判断がこれまで行われていなかったことが問題だというのだ。

 

社会科学の分野では、課題解決に、ビッグデータの分析を使う手法は既にある。例えば、海のエコシステムにおける相関マッピングなどがそうだ。しかし、子育てとか貧困などの社会の課題を解決しようとするとき、そうした「量的データ」の分析だけでは不十分だと槌屋氏は考えた。例えば「貧困」の例だと、その原因は多様だ。離婚でシングルマザー、高齢者、うつ、奨学金、難病など、さまざまな理由で「貧困」に陥る人は多い。一人一人、「貧困」に堕ちていく理由は違うはず。そして、最近では奨学金の返済負担の重さなども指摘されている。特に子供の貧困については、子育て支援システムが行政、民間に乱立している。ステークホルダー同志、お互いどう依存しあっているか、「質的に」知ることが重要なのではないか。

 

そうした「質的データ」によってステークホルダー達がお互いの関係性に気づけば、「行動が変わる」と槌屋氏らは考えた。問題はその「質的データ」の収集だ。当事者へのディープインタビューや、フィールドワークを含む質的調査を行わなければならない。質問の内容や聞き方も重要だ。本人が自分の問題を自覚していないケースもあろう。それでも何らかのきっかけで「貧困」に陥るかもしれない。無自覚なものを目に見える「有形」なものにすることで、個々人の行動や意思決定に変化をもたらすことができれば、「貧困」に陥ることを未然に防ぐことが可能になる。

 

槌屋氏らが期待するのは「エスノグラフィック・リサーチ(Ethnographic Research)」だ。本来は、人類学者が文化の行動様式を解析し異民族を理解するためのアプローチだが、当事者の普段の行動を包括的に調査することで、彼らの潜在的な欲求や課題を発見する手法として注目を集めている。こうしたことから槌屋氏のチームにはエスノグラファーが入っている。まずは、インタビューの手法を確立することから始まる。

 

次に重要なのはデータを効率的に収集する方法の確立だ、と槌屋氏。こちらがサーベイしなくても、データが集まるようになれば効率は一気に上がる。そのためにインタビューとは別にIoT技術やセンサー技術、オンライン・マスサーベイなどを利用した手法を開発する予定だ。シンプルで分かりやすいインターフェースがあれば、多くのステークホルダーからデータが自動的に蓄積され、いつでもそのデータにアクセスできる形が理想だ。まさにデータサイエンスとテクノロジーを駆使したものとなる。データ収集のコストを削減する意味からも必要不可欠なプロセスだろう。

 

槌屋チームは英国のチームと協働しているのも特徴だ。彼らは国連開発計画(UNDP)らと「システム思考」をベースとした生態系作りのデザインを進めている。既に彼らと共同でプロトタイプとして「日本のソーシャルビジネス・システムマップ」を作り上げた。海外のソーシャルビジネスの事例をベースにして239件のビジネスをマッピングしたものだ。  

 

こうした「システム・マップ」を使用したステークホルダー間のコミュニケーションの促進が「行動変容」を生み、その先に企業・財団・政府・行政による「介入」が生まれる、と槌屋氏は考える。「介入」とは、政策の立案・実行やファンドの組成、資金やリソースの投下などを指す。理想とするのは、ソーシャルビジネスの採算性が上がり、助成金などに頼らない、自律的で持続可能なモデルの実現だ。槌屋氏の目指すところはさらに先にある。「最終的にはすべての団体、世界の企業にインパクトを起こしたい。」彼女がいう「マッシブインパクト(Massive Impact):巨大な変化」が最終目標だ。そのためには、「システム・マップ」は「オープンソース」にしなければならないという。誰もが使えるモデルである。

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鍵は「人材」と「ネットワーク」

槌屋氏の話を聞いて感じたのは本プロジェクトのスケールの大きさだ。確かに今のテクノロジーを駆使すれば可能なものだが、彼ら自身が感じているように、「人材」はネックとなろう。日本で「システム思考」はまだ新しい分野であり、データサイエンスやエンジニアリング分野で利用されるケースは少ないという。グローバルレベルで活躍できるデータアナリストやリサーチャーといった人材確保は簡単ではないことが予想される。また仮に見つけても人材コストは決して低くはないと思われる。

 

また、「システム思考」を利用した包括的なソリューションを希望しているステークホルダーがいる地域や人材への「ネットワーク」を見つけるのに苦労することが予想される。そもそもそうしたアプローチが一般的でないことがその原因だろう。ただ、今後パイロットプロジェクトなどで実績ができてきて、多くのメディア等でそれらが取り上げられれば、注目を集めることは間違いない。メディア・アウトリーチ戦略がより重要になってくると思われる。2019年度までに一つの事業として立ち上げたい、と槌屋氏。データを企業や投資家、行政などの意思決定プロセスに使ってもらう事業や、課題解決のための委託事業などを考えているという。

 

このプロジェクトが実現すれば、世界規模でソーシャルイノベーションが加速するかもしれない。そのポテンシャルにワクワクしているのは私だけではないだろう。

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