REPORT
レポート

自由なのに居場所がない私たち これからのコミュニティについて丁寧に考えてみた

2019/12/1(日)13:00~15:00

2020.01.08
憂鬱なコミュニティと心地の良いコミュニティ

自由なのに居場所がない私たち これからのコミュニティについて丁寧に考えてみた
<登壇者>
山崎 亮さん(studio-L 代表、コミュニティデザイナー、社会福祉士)
影山 知明さん(クルミドコーヒー、胡桃堂喫茶店 店主)
<日本財団ディレクター>
榎村 麻子


職業や住む場所は、個人が自分で選べる自由な時代。しかし自由が故に自己責任論や社会的孤立、孤独死という問題があります。解決策としてコミュニティや支え合いといったキーワードがありますが、濃い付き合いはしんどいという裏腹な現実があります。「心地よく生きられるコミュニティってなんですか?」と問う榎村さんと、コミュニティ、場作りのプロである山崎さんと影山さんの3人で話は進んでいきます。

コミュニティデザイナーという肩書きでありながら「実はコミュニティが苦手で、本当は一人の居場所が好きなんです」と話す山崎さんは、2つの種類の「コミュニティ」が存在すると言います。語尾を下げる時は地域や会社など少し憂鬱な「コミュニティ」。語尾を上げる場合は好きな仲間やアソシエーションとしてのポジティブな響きを持った「コミュニティ」なのではないかと整理します。
影山さんも「コミュニティという言葉が嫌い」と告白。自身の哲学カフェの経験を交え「『自由なのに居場所がない』という今日のタイトルはすでに『だからコミュニティが必要だ』と誘導しているみたいですよね。自分にとって適切な距離感で、適切な範囲の人とだけ付き合うのはいけないのだろうか?」と疑問を呈します。そして、コミュニティという集団で考えるのではなく一人ひとりの自由を起点として、互いに活かし合える関係を築いていくことが大切ではないかと話します。

自由と安心は両方手に入らないのか?

干渉されるのは嫌。けれど自由を手に入れると寂しいというジレンマを話しながら「自由と安心、両方手に入れたいと思うのはわがまま?」と榎村さんが2人に尋ねます。山崎さんは「今後は当たり前に自由も安心も手に入れられるのでは。そうなるには“自由”についてもっと考えなければならない」と答えます。自由というのは自分のやりたい放題好き勝手することでなくて、「自分が本当に正しいと思うことに突き進んでいくこと」だと哲学的な話もしてくださいました。
それに賛同した影山さんも「みんなが自由を求めた結果、それぞれの自由が衝突してみんなが不自由になる。他者の自由を想像すること、自分と他人との折り合いをつける技術を身につけることで自由と安心は成り立つのだと思う」と言い、「“私がいて他者がいる”というのは人間が生きる上で当たり前のこと。“私の存在を認めてくれる他者”“私を写してくれる存在として他者”とかかわることが生きるということだと思います」と話しました。

GIVEすることは報われる

現在の人付き合いには「利用(Take)し合う関係」と「支援(Give)し合う関係」の2つがあり、前者の傾向が強く、裏切られることや傷つくことを怖がっているのではないかと話は発展します。それは会社に属し、働いて、給与を得るというシステムも影響しているのではないかという話から、影山さんは「クルミドコーヒーでは、一人ひとりの『必殺技』やその人に光を当てていくこと──仕事に人をつけるのではなく人に仕事をつけるという考えを大切にしています」と言います。「GIVEしたいからGIVEする。最初から見返りを目的に考えるのではなく、脳や心が感じることを深く信じることが大切ですよね」と山崎さん。GIVEすることは、ナイスに(相手にとって気持ちよく)振る舞うことでのギブバックであり、その連鎖が重要だと結論付けます。


本セッションの終盤には客席から感想や質問を投げかける時間が設けられ、有意義な時間となりました。そして、「個人という単位での『小さな自由』だけではなく、他人と一緒に生きることで実現できる『大きな自由』がある。それぞれの心地よい自由を行き来できると、良い未来が描けるのではないか」との提案で締めくくられました。